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気の向いた時の日記

忙しいけど書きたくなったら書く!

夏雲 2015.8月

8月も10日を過ぎた。 今年は夏のスタートダッシュが遅かったような気がする。 台風がやってきて梅雨が長引いて、夏の始まりは7月の終わりのほうだった。 いつまでもじめじめとした、肌寒い日多かった。 本当にカラッとした真夏日というのはようやく8月にはいってから、という感じだった。

実は、夏が一番好きな季節だ。 どんなに暑くても、青い空とギラギラと光る太陽と、白い入道雲があると 子供の頃を思い出すし夏休みをイメージするし、 つまり、一番楽しかった頃と直結しているのだ。 一番楽しかった頃・・・ 私の場合は小学生から中学生時代である。 何の悩みもなくて、ただ与えられた環境に素直に溶け込んで、その枠の中で 十分に伸び伸びとイキイキと楽しい日々を送ってきた。 自分自身におそらく自信があった。 なんでもやれると思っていたし、はっきり言って、何もかもが思い通りになると本気で思っていた。 なんて幸せだったのだろうか。

当然そんな思いは高校生になり大学受験があり、一歩一歩成長するにつれて思い通りにならないことがわかってくる。 だけど、社会人になっても心のどこかではまだ、「自分に出来ないことはない」という思いを持っていた。 今思えばなんとも言えないのぼせ上った人間だったのだろうかと思う。 そんな自分の、変な自信を完全に壊されてしまう出来事がちゃんとやってきた。 30歳頃だったかと思う。 具体的なことは書けないが、つまりは絶対にそういう時は人間やってくるわけである。 その、初めての本当の意味での人生の挫折。 どんなにもがいてもどうしようも出来ない。ただただ、転がるように悪い状況は悪いほうにしかいかない。恐怖で寝れない日々が続いた。 明日、朝起きたら状況がかわっているかもしれない、と本気で思いながら日々を過ごしたりした。しかし、そんなことはないのである。 絶対絶命。まさにその時がきたのである。生まれて初めてのどん底に落ちる時が。

一度、人生でどん底に落ちたらいろんなことを学ぶ。 その最たることは、人の痛みを知る、ということである。 これはあくまで持論であって、世の中の人はそうは思わないかもしれないけど。 そして、自分が今生きていることさえも奇跡に思える。 生まれてきたことに対する感謝を感じる。 両親の偉大さに気が付く。 回りの友人の温かさに感動する。 本当に大切なこととは一体なんなのかがわかってくる・・・ そう、一度落ちてしまうと、その次にやってくることはすべての景色が変わってしまう、ということなのである。 つまり、落ちるならとっとと落ちてしまったほうがいいのである。 すると、本当にそれ以上落ちることができないとこまでいくと、あとは上がっていくしかなくなるということは本当だった。

そして、落ちてしまった時に自分自身が同じ穴に落ちないための教訓を得る。 そうやって時が過ぎていくうちに、喉元過ぎればなんとやら・・な状況がまたやってきてしまう。 しかし、その時の状況はどん底前とどん底後では雲泥の差である。 一度味わった地獄の思いはやはり忘れることはないのである。 そこには、あの子供の頃の夏空のような、一点の曇りもないどこまでも澄んだ心はもうない。 だからこそ、今思うのは、あの子供の頃の絵に描いたような天真爛漫な心持がとても懐かしく感じられてしまう。

二度と戻れない、悩みのない、夏雲のように湧き上がる思いを抑えることもせずにただただ突き進んでいくだけだった時代。

夏は、そんな時を思い返させてくれる季節。戻れなくてもその頃の自分を切なく思い出させてくれる。